一般的に、「光触媒では、揮発性有機化合物(VOC)を分解できない」といわれています。
VOCにはたくさんの種類がありますが、VOCの一種であるホルムアルデヒドやアセトアルデヒドは、光触媒で簡単に分解ができます。
トルエンやキシレン、スチレンといった、ベンゼン環を持つVOCを中心として、分解が難しいVOCもあります。
ところが、弊社が開発した光触媒成分で行った実験では、「分解が難しい」とされるVOCを簡単に分解してしまい、その定説を覆す結果が得られました。
この記事では、酸化チタン光触媒によって「分解が難しい」とされるVOCの分解が可能なのか。可能であるならば、どのような方法で可能で、どれほどの効果があるのかを検証した結果を解説します。
光触媒によるVOC分解の可能性を知っていただき、VOC対策に活かしていただけたらと思います。
揮発性有機化合物(VOC)とは?
揮発性有機化合物(VOC)とは、大気中に蒸発していく石油系の物質のことです。VOCについてご存じの方は、ここは読み飛ばしてください。
VOCの種類と用途
VOCはたくさんの種類があります。神奈川県ホームページの「揮発性有機化合物(VOC)に該当する主な物質(PDF)」をご覧ください。ここに100種類ほど列挙されていますが、これでも一部に過ぎません。
VOCどのような場所で、どの程度の量が利用されているのか、その割合が、東京都環境局ホームページの「VOCとは?」にて解説されています。
それによると、VOCの用途はペンキや印刷用のインク、接着剤などに利用されており、私たちが生活をしていく上では欠かせない物質だということが分かります。
このような生活に欠かせないVOCですが、空気中に揮発して濃度が高くなると、石油系の臭いがします。接着剤を使用すると、石油系の臭いがしますが、その臭い成分がVOCです。そして、その空気を吸い続けると、身体に悪影響がある場合があります。
VOCはシックハウスやシックスクールの原因物質といわれており、国土交通省や文部科学省などで濃度の上限が設けられています。
VOC対策の必要性
塗装工場では、工場全体の換気や、塗装をしている局所の排気を徹底しています。場合によっては、排気ダクトにVOC対策の装置を設置しています。
VOCは、塗装工場や印刷工場だけではなく、住宅にも発生しています。新築マンションや新築戸建てはもちろんのこと、プラスチックからも出ています。VOCはシックハウスの原因ともなっているので、特に新築マンションや新築戸建てでは、VOC対策が大事です。
一般家庭やオフィス、自動車などの私達が普段利用しているところから発生している割合が、40%ほどあります。一般家庭やオフィス、自動車では、VOCが出続けていくわけではなく、いずれはVOCの量は減少していきます。しかし、VOCに敏感な方であったり、普段から健康を大事になされている方は、自宅や自動車のVOC対策をしておきたいものです。
VOC対策の方法
工場でのVOC処理では、工場内の排気が基本です。排気ガスのVOC濃度が高い場合は、白金やパラジウムなどの触媒を使っての分解や、活性炭による吸着などの方法でVOCを除去します。
触媒での分解では、触媒の価格がとても高価ですし、300℃前後まで触媒を加熱しないといけません。活性炭による吸着は、活性炭に吸着できるVOC量の限界があるので、活性炭の交換が必要となり、ランニングコストが高くなりがちです。
もしVOCを光触媒で分解できたならば、光触媒成分は安価ですので初期費用が安くなり、光を当てるだけなのでランニングコストが極めて安価になります。
ところが、冒頭でご説明したように、光触媒では分解が難しいVOCも存在します。
光触媒の性質
光触媒は、光エネルギーを受けると空気中の水分と反応してOHラジカルに変化させます。OHラジカルは高い酸化力を持つ活性酸素の一種です。OHラジカルとVOCが結合して、VOCを酸化させて分解する仕組みです。
光触媒成分からのOHラジカルの発生量が、VOCを分解できる量や早さに関係があります。
OHラジカル発生量の要因
VOCが分解できるかどうかは、OHラジカルの発生量が関係します。OHラジカルの発生量は、次の要因にて決まるものと考えます。
- 光触媒成分の種類
- 光触媒成分が吸収できる光の強さ
- 光触媒コーティングの面積
- 光触媒コーティング塗料の成分及び塗布量
1つ目は、光触媒成分の種類によって、OHラジカルの発生量が個なります。OHラジカルが発生しやすい成分を用いるとそれだけVOCが分解されやすくなります。光触媒成分として、もっとも強力な成分は、酸化チタンです。
2つ目として、光触媒成分の種類によって吸収できる光の波長が異なります。限界はあると思いますが、光触媒成分が吸収できる波長の光で、なおかつその光量を強くしたら、それだけOHラジカルの発生量が増えます。
酸化チタンが吸収できる光の波長は、380nmよりも短い波長の紫外線です。
3つ目は、光触媒コーティングの面積によってOHラジカルの量が異なります。もちろん、塗装面積が広ければ広いほど、OHラジカルの発生量は増えます。
4つ目は光触媒コーティング塗料の成分と塗布量です。光触媒コーティング塗料は、主に光触媒成分と接着剤(バインダー)で構成されています。バインダーの量が多ければ、光触媒コーティングの耐久性が高まるのですが、光触媒成分がバインダーに埋もれてしまって、光触媒の性質を発揮できなくなります。そこでバインダーの量は適度な配分で抑え、光触媒コーティングの塗装面に光触媒成分がむき出しになるような配分にすることが大事です。
また、光触媒成分の量が多い方がOHラジカルの発生量が増えますので、白くならない程度に光触媒の量を増やす事も大事です。
酸化チタン光触媒の弱点
酸化チタンはそれ単体での光触媒成分としては、今現在では最も効果の高い成分として知られています。
ところが、酸化チタンは光触媒コーティング剤として利用するときに、ある弱点があります。その弱点とは、「紫外線にしか反応しない」ということです。
人が見える光は、紫色や青色、緑色、黄色、赤色といった色の光があります。これらの色の違いは、光の波長の違いです。雨上がりに虹が出ることがありますが、虹色はプリズム効果によって、太陽光が波長によって分解されて、色が分かれている状態です。そのように、光には色があります。
次の図は、可視光線の波長です。
紫色の光の波長の長さは380~400nmです。酸化チタンは、紫色やそれよりも短い波長の光でないと光触媒としての性能を発揮しません。
つまり、「部屋の中のVOCを分解したい」と思って、酸化チタン光触媒コーティングを室内にしても、室内は紫外線がほとんどないので、まったく効果がないのです。
そこで、「弊社では室内の可視光でも酸化チタンを活性化させられないだろうか?」と、研究に取り組みました。今から20年以上前になります。
銅ドープ酸化チタンの発見
そのころには、酸化チタンに窒素を添加すると可視光活性することが知られていましたが、可視光での除菌・消臭効果は満足のいくものではありませんでした。弊社は、酸化チタンの可視光活性を実現させ、なおかつ効果の高いものを開発するために、文献を調べて「何かを加えると可視光活性するかもしれない」と思い至り、さまざまな成分を加えて試験をしました。
可視光活性させられたとしても、効果が低ければ利用できません。また、効果が高かったとしても、光触媒コーティング剤としての安定性も求められますし、身体に安全であり、何にでも塗装ができることも条件となります。
研究開始から2年間は、失敗の山を築き上げました。
開発を半ばあきらめかけていたときに、ふと「銅を加えることができたらいいのでは?」と思い至りました。銅は抗菌作用があり、さらには触媒としても利用されているからです。
いろいろと実験を繰り返していると、酸化チタンに銅を担持させることに成功し、光触媒の性質を試験してみると、なんと可視光活性しました。2002年に、念願の可視光でも除菌・消臭効果の高い可視光応答型酸化チタン光触媒の開発に成功させることができました。この結果は、世界最初のことです。
弊社はすぐさまこの成分の特許を取得し、発表したところ、光触媒の研究機関や企業から大反響がありました。そして、東京大学をはじめとする研究機関で追試され、2007年にはNEDOのプロジェクトも立ち上がり、この新成分の効果の高さとメカニズムが解明されました。そして、銅ドープ酸化チタンと名付けられました。メカニズム解明については、東京大学「光触媒の新世界 市場との対話が生んだブレークスルー」が参考になります。
次の図は、一般的な白色LED照明のスペクトル分布に、酸化チタンと銅ドープ酸化チタンが活性化する光の波長の範囲を矢印で入れたものです。
酸化チタンが活性する光の波長は、LED照明からは出ていないことが分かります。つまり、LED照明では酸化チタンが光触媒の性質を発揮しないことを意味します。これが故に、酸化チタン光触媒コーティングは、室内では効果がありません。
それに対して銅ドープ酸化チタンは、LED照明の紫色から青色、シアンのところまでのスペクトルの光に反応して、強い光触媒効果を発揮します。つまり、室内でもVOCの分解が期待できます。
東京工業大学の研究で、ナノサイズの酸化銅が炭化水素を酸化させる高効率触媒反応を示すことが発見されました。東工大ニュース、2020年2月7日「貴金属に匹敵する触媒活性を示す安価な錆びた銅」をご参照ください。この研究と弊社の銅ドープ酸化チタンは関係がありませんが、銅ドープ酸化チタンに添加された銅は、ナノサイズの酸化銅として存在します。それによって強い触媒の効果が発揮されたものと推測します。
このような効果もあり、銅ドープ酸化チタンは可視光活性するだけでなく、VOCを効率的に分解できる可能性があるわけです。
光触媒で分解が難しいとされるVOCでの分解試験
VOCの種類はとても多いので、次の代表的な3種類のVOCにて分解試験をしました。
- トルエン
- キシレン
- スチレン
ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドの方が、VOCの中では有名なのですが、これらの2成分は光触媒で簡単に分解できるので、試験は「光触媒では分解できない」といわれるこの3成分を選びました。
試験方法
これらの試験や分析は、日本食品分析センター様に依頼し、次の3種類の条件で試験しました。試験結果の報告日は、2004年5月です。
- 光触媒なし(無塗布)
- 酸化チタン光触媒を塗布
- 銅ドープ酸化チタン光触媒を塗布
試験方法は次の手順にて行いました。
- 光触媒を塗布したタイルと、何も塗布していないタイルを用意
- 光触媒を塗布したタイル、無塗布のタイルを、それぞれ別の袋に入れ、ヒートシールを施す(これを3セット用意)
- 袋に3Lの空気を入れ、濃度が100ppmとなるようにトルエン、キシレン、スチレンを添加
- 袋の中央部の紫外線強度が1mW/cm2になるようにブラックライトを照射し、試験を開始
- 定時にガス検知管により、キシレンの濃度を測定(30分後、1時間後、2時間後、3時間後、24時間後の5回)
酸化チタンによる試験結果
次のグラフは、トルエン・キシレン・スチレンのVOCガスが、酸化チタンに紫外線を照射して分解できるかを試験した結果です。
△のプロットが、無塗装のタイルでの結果です。□のプロットが、酸化チタン塗装されたタイルでの結果です。どのVOCガスでも、酸化チタン塗装のタイルの方が、どれも若干分解されているように思いますが、24時間経過してもほとんど分解できていないことがわかります。
ホルムアルデヒドやアセトアルデヒドは、酸化チタン光触媒に紫外線を照射したら、簡単に分解できることは、どこの光触媒メーカーでも実証していることです。ところが、VOCの種類によっては、酸化チタン光触媒に紫外線を照射しても分解できないことが実証されました。
銅ドープ酸化チタンの試験結果
続いて、銅ドープ酸化チタンの試験結果を見てみましょう。次のグラフは、酸化チタンに紫外線を照射したときと同じ条件で銅ドープ酸化チタンを試験した結果です。上図のグラフに、銅ドープ酸化チタンの結果を加えました。
酸化チタンでは分解が出来なかったVOCガスを、銅ドープ酸化チタンは難なく分解できていることが分かります。24時間後には、どれも検出限界まで分解できました。スチレンに至っては、実験開始から3時間後にはほとんど検出できないくらいまで、早急に分解できています。
分解試験まとめ
酸化チタン光触媒と銅ドープ酸化チタン光触媒が、それぞれ紫外線ランプの元でトルエン、キシレン、スチレンが分解できるか、上記の分解試験をまとめると、次の表のようになります。
酸化チタン | 銅ドープ酸化チタン | |
---|---|---|
トルエン | 分解不可 | 分解可能 |
キシレン | 分解不可 | 分解可能 |
スチレン | 分解不可 | 分解可能 |
銅ドープ酸化チタンを使った光触媒コーティング施工
揮発性有機化合物(VOC)を分解できる光触媒成分として、銅ドープ酸化チタンの試験結果を解説いたしまいた。
弊社では、銅ドープ酸化チタンを使った製品として、屋内用光触媒コーティング剤(BX01-AB1)を製造・販売しています。これは業務用製品ですので、販売は施工代理店様のみに限定させていただいています。
この塗料を使用して、室内をコーティングしておけば、室内のVOCを分解してくれるだけでなく、除菌や防カビ、防臭、壁紙の汚れ防止にもなります。
新築マンションを購入されたり、新築戸建てを建てられたりした方で、効果的なVOC対策をご希望の方は、ぜひ弊社の施工代理店に光触媒コーティング施工をご依頼ください。施工代理店一覧は、こちらのページです。
銅ドープ酸化チタンを使ったVOC脱臭装置の開発支援
弊社では、銅ドープ酸化チタンを使ったVOC脱臭装置の開発のご支援もいたします。
ダクトチャンバーに銅ドープ酸化チタンをコーティングしたフィルターを設置し、紫外線ランプを照らしておけば、ダクト内を通過する空気からVOCを分解してくれます。そのような装置の開発はいかがでしょうか?
ちなみに弊社の試験結果によると、フィルターに使用する材質は、不織布よりもステンレスメッシュに光触媒コーティング加工をしたものを使用した方が、VOCの分解が促進されやすいです。弊社は、不織布やステンレスメッシュを光触媒コーティング加工する技術を有しているので、お気軽にご相談ください。
また、活性炭やゼオライトを利用してVOCの脱臭をしている企業様がおられましたら、銅ドープ酸化チタンをコーティング加工された活性炭のご利用をおすすめします。活性炭を光触媒コーティング加工することで、活性炭の寿命を圧倒的に伸ばすことができ、VOC除去のランニングコストを大幅に減らすことができます。
さまざまな種類のVOCを脱臭するなら活性炭を、特定の種類のVOCを脱臭するならゼオライトがおすすめです。
弊社は、活性炭やゼオライトの表面を光触媒コーティングする技術も持っているので、活性炭の光触媒コーティング加工についてもお気軽にご相談ください。
屋内用光触媒コーティング剤(BX01-AB1)をサンプルとしてご利用になられたい方は、1L単位で販売しているので、ご利用ください。
この記事の著者/責任者
株式会社イリス 代表取締役
島田 幸一 (Shimada Koichi)
私はもともと、地元農業のソリューション提供を事業としていたが、野菜や果物の劣化を促進させるエチレンガスの分解を研究したことで、光触媒の可能性を感じ起業いたしました。運よく可視光でも効果のある酸化チタン光触媒を世界で初めて開発して脚光を浴び、さまざまな業種のお客様から注文をいただける企業にまで成長できました。現在弊社は、可視光応答型光触媒を使ったコーティング剤を始め、外壁やガラス、石材、自動車の車内にクリア塗装ができる光触媒コーティング剤や、酸化チタンから下地を守るプライマーの開発。その後も、さまざまな材質に光触媒を定着するための研究を続け、多くの企業で採用されています。